猫ノ目わたるブログ

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旅散歩 個性的な鳥居とモダンな社殿、渋谷区神南の北谷稲荷神社。

個性的な鳥居とモダンな社殿がある、渋谷区神南に鎮座する北谷稲荷神社です。

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<目次>

 

北谷稲荷神社のあるところ。

代々木公園から南側の少し離れた場所に位置し、渋谷ファイヤー通りから路地を入っていくと表参道側(鳥居のある側)に出られます。この路地がわかりづらく、人によっては迷うことがあるようです。

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それほど狭い道ではありませんが、車どおりは少ないです。

 

日月鳥居と呼ばれる鳥居。

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さっそく気になる鳥居が目の前に。

写真では木に隠れて片側しか見えていませんが、笠木(かさぎ)と島木(しまぎ)の両端が角度をつけて上がっています。

またよく見ると、額束(がくづか)には、入る側には円形、社殿側には半月形の浮き彫りがあります。

そのほかの特徴としては(他の鳥居でもよくありますが)、貫(ぬき)には金属製の注連縄が取り付けられています。

この鳥居ですが「日月鳥居」と言われているそうです。

 

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調べてみると「日月鳥居」と言われるようになったのは、『鳥居の研究』(根岸榮隆著、1943年)という本からと思われます。

また、『鳥居』(谷田博幸著、2014年)では額束の日月の意匠よりも笠木と島木の角度のついた反りについて考察があります。

こちらの本によれば、戦前まであった鳥居にはすでに日月の意匠が付けられており、その後に立て替えられた時にも踏襲されたそうです。

Amazonでは『鳥居の研究』は古本のみでプレミアがついており、『鳥居』も値上がり傾向にあるようです。ちなみに『鳥居』は図書館にて読ませていただきました(『鳥居の研究』は図書館になかった)。

 

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表側の円形の意匠。

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社殿側の半円の意匠。やや三日月型でもある。

僕がはじめて見たときは、円形は太陽ではなく、満月を表すのではないかと思いました。つまり、満月と三日月の組み合わせです。

日本では明治時代に太陽暦(現在のカレンダー)に変わりましたが、それ以前は太陰太陽暦を使っていました。このことから、昔の人々の間では、月の運行が生活に与える影響は大きいと考えています。

とくに稲荷神社の御際神である宇迦之霊大神(うかのみたまのおおかみ)は農耕神なので、種まきや収穫を行う時期を決める暦は重要であった筈です。

 

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社殿側の階段から見た日月鳥居。

と、ここまで調べてみると、実は昔の農家が農業を行う上で使っていた暦は二十四節気(にじゅうしせっき)や雑節(ざっせつ)だとわかってきました。

これは、太陰太陽暦がその性質上、実際の季節とズレが生じてしまうものであるからだそうです。

江戸時代頃は太陰太陽暦と、太陽の運航を基準とした二十四節気、雑節が併用されていたようです。

太陰太陽暦は潮の満ち引きがわかりやすいため、漁業に役立つものだとわかりました。

 

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円形は太陽なのか満月なのか。

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半月? 三日月?

 

参道のちょっと長い階段を上がります。

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鳥居を潜るとすぐに階段が続きます。

 

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その階段前の灯籠の横には立派な社号標があります。

横に小さく「明治神宮宮司 外山勝忠 謹書」と書かれています。

外山勝忠(とやまかつし)さんは、平成6年から平成19年まで明治神宮の第十代宮司に就任されていた方です。

 

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階段を上がると社殿が見えてきます。

境内には円形をモチーフとしたコンクリートタイルが飛石のように敷かれています。

 

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こちらは、明治四十一年(1908年)に奉納された灯籠。

当時、現在の代々木公園あたりに陸軍代々木練兵場が造られるため、立ち退きをした氏子さんたちが奉納したもの。

 

自動で水が出る、センサー付きの個別型手水舎。

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手水舎といっていいのでしょうか。

おそらく古くからの水盤の上に被せ物がしてあり、赤い蛇口があります。

センサー対応になっており、手を蛇口にもっていくと自動で手水(水)が出ます。

コロナ対応なのか、もともとそういう設計だったのかわかりませんが、正直、驚きました。斬新です。

社紋が稲紋ではなく宝珠紋ですね。

 

北谷稲荷神社(きたやいなりじんじゃ)。

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このときは百日紅の花が咲いていました。

御際神

  • 宇迦之霊大神(うかのみたまのおおかみ)
  • 大己貴大神(おおなむちのおおかみ)
  • 大宮比賣大神(おおみやひめのおおかみ)
  • 神功皇后(じんぐうこうごう)
  • 大田大神(おおたのおおかみ)

御由緒は東京神社庁のホームページより引用させていただきます。

<引用>

御由緒

創立は詳ではないが、「新編武蔵国風土記稿」に「田中賛岐守直高が文明年間(1469~87)駿河より移りし時其の邸内の艮の方に勧請せり」とある。万治三年(1660)大破のさい再建した棟札によると、文明以前の鎮守ではないかと考えられる当社は、旧小名北谷の地にあることから、北谷稲荷の号があった。

<引用ここまで。東京都神社庁HPより>

 

古くから渋谷北部の総鎮守として崇敬を集めていたことがわかります。

現在では、境内を含め、社務所オフィスビルと一体になっています。

コンクリートの打ちっぱなしのテクスチャを活かし、現代的でモダンな社殿が特徴と言える神社です。

鳥居も含め、興味がふくらみます。

 

モダンな社殿。

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これまでに見たことのない、現代的な社殿です。

こちらの社殿と建物は平成九年(1997年)の築で設計は菊竹清訓設計事務所

菊竹清訓(きくたけきよのり)さんは江戸東京博物館昭和館などの設計で有名です。

また、1963年に建てられた「出雲大社庁の舎」も代表作です。ただ、こちらは解体されてしまいました。

 

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現代的な建築ではありますが、扁額やお賽銭箱、鈴と鈴緒、天水桶などのデザインは従来どおりのものです。

現代的といっても、もう20年以上前の建築ですので、それなりに馴染んでいるようにも見えますね。

 

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扁額は定番の形。ネオン管とかじゃなくてよかった。

 

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社紋は稲紋。二つ穂の包み抱き稲。

お賽銭箱にはニスなどを塗っていないようで、こういう素朴な木の質感がとても好きです。

 

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天水桶は浮いた錆が、とてもいい感じです。

 

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社殿の後ろには、社紋が象られています。

こちらは境内から出て外の道から見ることができます。

 

やっぱり満月なのかも?

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これをみると、円形の意匠は満月?と思ってしまうのですが。。。

社殿脇にある扉には、可愛らしい装飾が施されています。

よく見ると、満月から三日月、下弦の月と、月齢をイメージしているようですが、新しい扉なので「日月」とは関係なく、建築家のイメージで作られた扉の模様なのかもしれませんね。。。

 

土師家天満宮(はじけてんまんぐう)。

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社殿の右側の奥には土師家天満宮が置かれています。

 

横にある御由緒書きには次のような説明がありました。

御際神は菅原道真公。

土師家は御際神である菅原道真の本姓になります。

当時の庶民はこの土師家(ハジケ)の読みから、麻疹(ハシカ)、疱瘡(ホウソウ)の病気に霊験があると思うようになり、安永・享和年間より明治初年頃まで、遠方からもお参りにくる人が多くいたそうです。

勿論学問の神様でもある、とのこと。

 

最後にちゃんと学問の神様でもあると書かれていました。

庶民の多くは、その読み方から病気にご利益があると考え、お参りされていたようです。

祈る気持ちは神さまに通じ、病気にもご利益があったのではないでしょうか。

 

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土師家天満宮には、狛犬がいらっしゃいます。

こちらの狛犬の足元には、おそらく子供の狛犬がいるようです。

 

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吽側の狛犬さま。

苔がついて、いい雰囲気です。

 

宇田川出世弁財天。

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ご由来。

江戸の頃より宇田川と渋谷川の合流地点近くの河畔に、見事な松の木が地蔵とともにあったそうです。

昭和五年に区画整理のため、この松を取り除こうとすると、関係者から負傷者が多くでてしまったそう。このことから、“恐ろしい松” ”ご神木”と騒がれました。

そこで、道玄坂の人々が弁財天と龍神の祠を造り、松と共に神南町にお祀りすることに。

松はのちに枯死しましたが、弁財天は出世弁財天と崇められご信仰が盛んになったとのこと。

戦災の後、国鉄用地内に遷され、その後、当地境内に遷座されたとのことです。

<案内板を要約させていただきました。>

 

左後ろの祠。

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逆三角形の穴をよく見ると、上と左右に三角になる線が彫られています。

そしてその三角形を囲むように波のような模様。

緩いおむすび型ではありますが、江島神社のご神紋と同じ、三つ鱗(ミツウロコ)紋

だと思われます。

 

右後ろには龍神の石碑。

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弁財天と龍神というと、天女(弁財天)と五頭龍の江島緑起(えのしまえんぎ)が思い浮かびます。

 

社務所で購入、葉護符があります。

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社務所の前にある広い空間から撮りました。

扉の奥が社務所になります。

こういう景色も普通の神社では、あまり見ないですね。

社務所の窓口は、こちら側の他、社殿向きにもあるので、そちらからお守りや護符などを購入できます。

 

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社務所窓口でお守りなどを見させていただくと、月桂樹の葉が「葉護符」としてあります。

気になったので購入させていただきました。

お話を伺うと、北谷稲荷の境内のものではありませんが、ご神木よりいただいた葉であるとのこと。

良い仕事があるように手帳に挟んでおくことにしました。

 

代々木公園側の参道。

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こちらの参道も、ぱっと見、目立たない場所にあります。

グーグルマップで検索すれば、迷うことはないと思うので、アプリを使ってしまう方がいいでしょう。

 

グーグルマップで場所を確認。

所在地:〒150-0041 東京都渋谷区神南1丁目4−1

ちなみに現在では北谷町の地名はありません。このあたりは神南と呼ばれ、若者向けのショップなどが目につきます。

ファイヤー通りからは緩やかな上りの斜面に立地している感じです。

 

※この記事内の写真は撮影した日時、天候がカットによって違うため、統一感がありません。